昼餉どき (お侍 拍手お礼の十)

       *“お母さんと一緒”シリーズ?
 


空中戦がお得意だってのは、
最初にあの、雷電を解体した凄まじい太刀筋を拝見していたから、
重々知っておりましたが。

「………。」
「何か御用でしょうか?」

背中に双刀を負った、真っ赤なこの人が、
音もなく いきなり目の前へ現れたのには、正直言って息を呑みました。
全く気配なく、なのにこんなに鮮やかに、
見事なくらいに矛盾した行動を取ってどうしますか。
「…。」
すっと差し出されたのは、ここでのお弁当、
幅広な竹の葉で包んだ握り飯らしき包みで。
でも、何だかいつものよりも大きいなと思ったら、
「一緒に。」
「食って来いと?」
言われたんでしょうね、あの方から。
ホンっトに従順なんですよね、シチさんだけには。
「とりあえず、降りましょうか。」
こんな、弩用の丸太の上で並んで食べるってのも何ですしね。
ほら、周囲の皆さんが全員、目を丸くして見上げてなさる。
ここより高みはありませんのに、
一体どうやって、一体 何処から“降って”来たのかってネ?



最初に見積もったよりも作業の進捗が遅れているらしく、
不眠不休のみならず、
とうとう目がないはずの握り飯まで見切るようになった困ったお人。
あれでは倒れられてしまいますと、
村人たちからまで案じられてる小さな工兵さんへ、
『…判りました、秘密兵器を投入しましょう。』
お任せあれと胸を叩いたのが、
いつぞや仮眠を取らせる大作戦を見事成功させた某副官殿。
その“秘密兵器”さんが持参したお弁当は、
大人の手で握りましたサイズの握り飯が2つずつ。
いただきますと手を合わせたのへ、
遅れて見習う稚いところ、なかなか素直な双刀使いさんで、
“いつもの目礼で十分ですのにね。”
あれもシチさんに躾けられたんでしょうにと、
案外と可愛いところの多々あるお仲間さんへ、内心にてくすすと微笑って、
「…お?」
ぱくりと口にしたおむすびが、あれれ?いつもとちょっと違う?
「このご飯のほぐれ方は、何ともまた上品ですねぇ。」
持ち上げても形は崩れなかったのに、しっかりしていたのは表側のみ。
内部はほろほろとそれは柔らかく崩れて、お米の風味がぱぁっと広がる。
「塩加減もまた絶妙ですし。」
力仕事をしている身には、辛いくらいでもいいのではありますが、
それだとお米の甘みを殺してしまう。
多すぎず少なすぎずの絶妙な加減が何とも言えずで、
「…これって、もしやして。」
顔を上げたヘイハチ殿が、そのままお隣りさんを見やれば、
「…。」
手づかみの食事なのに妙に小綺麗で様になってる相方さん、
無言のまま こくこくと頷くキュウゾウ殿だったので。
「そうですか、シチさんが。」
勿論のこと、ヘイハチへの気遣いに加えて、
そんな特別なおむすびで、この彼をお使い役にと釣り出したのかもと。
そうと思えば…腹も立たずで、

 “案外と策士ですよね、シチさんも。”

寡黙なキュウゾウ殿が相手では、言葉尻を取ってという躱し方も出来なくて。
じっと向かい合っていては埒があかないからと、
結局、こんな風に意を酌んでやって、意のままに従ってやるしかなくなる。
無視したり突き放したりするにはあまりにも…、
“純な方ですものねぇ。”
すっかりと馴染んだ今更、彼を怖いとは思わないヘイハチだったが、
逆に…物が言えぬ仔犬みたいに見えてしまうので、
却って始末が悪いという相性へ、まんまとシチロージに付け込まれたというところ。
「ごちそうさまでした。」
「…。」
何だか妙な取り合わせで、それでも無事に昼餉を終えて。
やはり合掌し合って、さて。
「わざわざありがとうございました。」
にっこり笑うと、何故だか、
「…。//////////
真っ赤になった紅衣のお仲間さん。
そのままザッと風の中へと後ずさりして消えてったけれど、
「…消えた。」
「んだ。」
「凄げぇ〜。」
皆さんの驚きとは別なことへ、

 “…なんで赤くなったんでしょう?”

キョトンとしてしまったヘイハチ殿だったりしたのである。




            ◇



「…おや、おかえりなさい。」
無防備に立っていた、その背後から突然に、
肩口へ“ぱふり…”とおでこを乗っけられる感触にあっても、
びくともしないところがさすがのお母様。
「どしました?」
「…笑った。」
「そうでしょう?」
ふふんと笑った母上の、暖かい肩口へすりすりと、
何度もおでこを擦りつけて…気が済んだのか、
やっとのこと、お顔を上げると、
「…。」
そのまま戸口を出て行ってしまった次男坊であり。
土間の端っこ、水瓶の傍らの洗い場で、
食事に使った小皿や湯飲みを濯いでいたシチロージが、
仕事を終えて、囲炉裏のある居室の方へ、
ひょいっと框を上がって来たのへと、
「今のはどういう会話だったのだ?」
カンベエ様が苦笑混じりに訊いて初めて、
「え? …あ・ああ、えっと。」
あまりの省略ぶりで、あれでは傍の者には何が何やらだということへ、
シチロージ自身も今やっと気づいたらしい。
水色の眸をやんわりと細めると、

  「キュウゾウ殿に、ヘイさんへお昼を持ってってもらったんですよ。」

お昼になる少し前、
炊き出し用のお宅からお櫃に人数分を先に取り分けてもらって、さて。
こちらへと戻っての腕まくり、おむすびを手づから握っていたところ、
『…。』
呼びに行くまでもなく、詰め所へひょっこりと現れた次男坊。
框のところに腰掛けてのお仕事ぶりに気がついて、
こんなことまで出来るのかと、またまた興味津々というお顔になり。
母上の手元、優しくころころ三角のおむすびが出来上がってゆくのを、
赤いお眸々を瞬がせもせず、飽かず じ〜っと眺めていたものの、
『丁度良かった、あのですね。』
きっちりと4人分、8つのおむすびを握り終え、
そのうちの4つを竹の葉にくるりと包んで、お母様が言うことにゃ。

  『ヘイハチ殿のところまで、
   このお弁当を持ってってくれませんか?』

話しをしながらとは、ちょっぴりお行儀が悪かったけれど、
指に付いて居残ったのもありがたい神無のお米。
1粒だって無駄には出来ませんと、
ついつい口元へ持ってって食べる格好でこそいで見せれば、
『あ…。/////////
空いていた右手の方を捧げ持たれて、
そのまま口まで持ってかれ、
同じようにつまみ食いされたのには…さすがに参ったお母様。
ご本人にしてみれば、
単なる真似っこ、若しくは“お手伝い”のつもりだったのだろうけど。
緋色の唇の間から覗いた白い歯や、
それが指先へとじかに触れた感触が少々煽情的で…じゃあなくってですね。
“あれはちょっと…アタシの側のうっかりでしたねぇ。///////
貧乏性なお里がつい出ての無作法であり、
せっかく品のいいあの子に伝染らなきゃいいんだがと、
ちょいと脱線しちゃったところまでを思い出しつつ。

  「一緒に食べていらっしゃいと。」

言いましたら、ちょっぴり腰が引けていたものだから、
「きっと笑ってくれますよって、背中を押してやっただけですよ。」
「…成程。」
そういえば昔も、こういう段取りを組んでは、
齟齬が生じた部下たちの間を取り持つのが妙に得手だった副官殿。
母親のような素振りがめきめきと板について見えたのは、
何も今回のお仲間との相性のせいだけではなくって、
“素養は元からあったということか。”
擽ったそうな苦笑が絶えなかった、カンベエ様であったそうな。





  〜Fine〜  07.1.18


  *あれれ? 何にもひねりがないお話になってしまったぞ、
   という肩透かし感があるのは、果たして私だけでしょうか?
   誰かさんの神出鬼没に、皆して こうまで慣れてしまおうとは。
(笑)

  *…と思ったので、夕方、ちょいと蛇足を書き足しました。
(こらこら)


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